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きみは林檎の樹を植える


 今年の課題曲は,マーチ以外の3曲どれも,どこかに『和』のテイストを感じますね。もちろんそれぞれまったく違うニュアンスの『和』ですけれども…。

 さて,タイトルの『きみは林檎の樹を植える』は,ルーマニア生まれの作家で詩人コンスタンチン・ビルジル・ゲオルギウ(1901〜1965)が1952年の小説『第二のチャンス』の終盤でマルチン・ルターの言葉として書いた『どんな時でも人間のなさねばならないことは、たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの木を植える…』から来ています。この小説,読んだことはないのですが,大戦に翻弄されていった人々の物語のようですね。

 作曲者は,ゲオルギウが書いたこの言葉に,この曲を半分ほど書き進めた頃に出会ったといいます。谷地村さんは,この曲の主題について『人間の気高さ』だと書いておられますね。『多様な生命の揺らぎ…。それらが形づくる「林檎の樹」』とも書いておられます。作曲者が『林檎の木(樹)』に見出したものが人類の樹形だとするならば,それはとてもとても大きな樹です。揺らぎ,ずれ,不規則性が,ひとりひとりのあり方,実存,ひとつひとつの生命であり,その個々が集まって,巨大な樹を形づくっている…。

 もちろんどんな曲でもそうですが,こういう曲では特に,スコアを見てほしいのです。しかし,ただ見るのと,作曲者がこの曲をとおして描きたかったものをわかった上で見るのとでは,その見え方が変わってきますよね。ひとつひとつの生命は,ひとつひとつの楽器,ひとりひとりの奏者であり,その『個』が集まって,樹を形づくっていくのだと思います。実際の人間たちがそうであるように,そのそれぞれには個性があり,そのさまざまな個性が集まることで,結果的に,枝ができ,樹木になっていく。この曲をつくりあげていくために,このことをわかっておく必要があると思います。

 この曲は全編にわたって,少なくとも楽譜の上ではテンポの変化がありません。そびえ立つ1本の『林檎の樹』を描いているのですからね。さて,スコアを見るときに注目すべきなのは,どのグループに属していて,どの楽器が仲間なのか,ということです。自分の楽譜だけを見ていては,ただ無機的な音の羅列になったり,枝葉しか見えない演奏に陥る危険があります。スコアからグループを見つけだす手がかりの1つは強弱です。強弱は,はっきりと指定があり,それには意味があります。グループを見つけたら,その中で,いかに合うべきなのか,または,合わないべき(合う必要がない)なのか…。

 たとえば他の課題曲だとパートやセクションで動く部分が多いと思いますが,この曲の場合,ひとりひとりが,ある意味独立した意思を持った声部です。それが合わさって,結果的にひとつのグラデーションや,色,樹の枝ができていくわけです。ひとつひとつの動きが重なったその瞬間の響きにあまり意味はなく,それよりもそのひとつひとつの動きに意思が宿ることが重要だと言えます。もちろんセクションで動くところもあります。それを見分けるのも,スコアを見るときに大切なことですね。

 たとえば6小節目の半拍前から2小節間の,テューバ以外の金管セクションを見てみましょう。セクション全体で6小節目4拍目裏のffを頂点とするクレシェンドディミヌエンドが形づくられるように見えますが,トロンボーン1stを見てください。4拍目のあたまがffですよね。完全に整ったクレシェンドディミヌエンドのグラデーションを望むのであれば,絶対にこうは書かないと思われます。たとえばこれも,作曲者が言うところの『揺らぎ,ずれ,不規則性』なのかもしれません。かといって,このゆらぎを作為的に強調することもまた,正しくないように思われます。

 [A](8)からのフルート,オーボエ,クラなど,『騒音のように』という指示が数ヶ所出てきます。また[B]の5小節目からは『scintillante(きらめく)』という指示が出てきます。スコアに注釈がありますのでそれを理解して下さい。それから,これらの箇所はヘテロフォニーの応用だと書かれていますね。ヘテロフォニーというのは,同じ旋律,動きを演奏するさまざまな奏者が,任意で別々に動いたりリズムやテンポを微妙に揺らしたりすることで変化が生まれ,偶発的なポリフォニー(複数の独立した動きを持つ音楽)が生まれるものです。

 [A]4小節目(11)からの金管セクション,たとえばその強弱指示に注目してみると,全体としての大きなクレッシェンドを望むのではなく,むしろそれは結果的にできるグラデーションであり,やはり1つ1つの声部(奏者)が独立して存在することが重要のように思われます。極端な言い方をすれば,この曲では1人1人がソリストのようであらねばならない,と言えるのかもしれません。技術が高いという意味ではなく,意思を持っているという意味において。これは木管や打楽器についても同じです。

 この箇所に限りませんが,トランペットに対してホルン,トロンボーンは聴こえづらかったり,木管セクションにしても楽器ごと音域ごとの特性があって,よく出る声部,出にくい声部があると思います。このあたり,ホール練習などでバランスをとることが必要かもしれません。しかしそれすら,ゆらぎや不規則性を消してしまうことになりかねないので,注意深くおこなう必要があると思われます。

 個々がソリストのように,と書きましたが,逆に,合うべき箇所というのもあります。たとえば[C]2小節前(25)の2拍目裏からのファゴット1,クラリネット群,ホルン,トロンボーン,テューバ。ほかにもたくさんありますが,合うべきところと,そうではないところ,これをちゃんとスコアから見つけてコントラストをつけることが大切ですね。

 もうひとつ大切なのは,クレシェンドとディミヌエンド。音色の変化やグラデーションを浮かび上がらせるために,とても正確にする必要があります。この曲の場合,その行き先をちゃんと見通して直線的なクレシェンドディミヌエンドにするのがいいと思います。

 トロンボーンセクションについて特別に書くことはあまりないのですが,いくつか…。senza sord.が少し忙しい箇所があります。[E](57)のあとですが,テンポはゆっくりなので落ち着いて。右手でミュートを操作する人が多いと思いますが,慣れると左手のほうが早いかもしれません。[A]5小節目(12)からの動き,それぞれ中音のAisは5ポジションを,[G]4小節目(79)の1stと2nd,F音は4ポジション(少しだけ近め)を,それぞれ試してみてください。

 ところで,どうして林檎の樹を植えるのが『きみ』なのでしょう…。


I   最果ての城のゼビア/中西英介

II  行進曲「勇気のトビラ」/高橋宏樹

III  「斎太郎節」の主題による幻想/合田佳代子

IV  コンサートマーチ「青葉の街で」/小林武夫


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