2013/01/09(水) 体罰
大阪の市立高校のクラブ活動で、顧問の教師の体罰が原因で生徒が自殺したニュース。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130109-OYT1T00684.htm?from=main2
ぼくら小学校の頃は先生に叩かれてるやつもいたし、ぼく自身そういう経験はある。きびしい先生もいたし、女の先生でも、指導が嵩じて…、っていう場面もあった。これについては忘れられない思い出があるんだけれども、ここには書けないな…(^^;。まぁ、体罰といえば体罰なんだけれども…。
体罰はいけないことだと思う。ただ、それを全面的に否定したり、少し手を触れたぐらいで問題視したりするのもまた、どうかとは思う。要はその指導をする背景に、どういう思い、どういう背景、どういうことがあるのかということだと思う。
ほんとうにその生徒のことを思って、その生徒を信頼して、その生徒のためになると考えたから行なったのであれば、あるいはいいのではないかとも思う。だいいち、ほんとうにそうなのであれば問題になるような体罰になるはずがない。
そうではなく、たとえば部の伝統だとか、生徒憎くてだとか、何が何でもわからせようとしてだとか、懲罰的な目的でだとか、そういうふうに発せられた体罰であれば大問題だ。いや、これは体罰に限らない。言葉だけの指導でも、どういう思いでそれを発したのかは、とても大きなことだと思う。それが信頼から出たものなのか、不信から出たものなのか、それによって同じ言葉が天と地の差になると思う。
言葉だけだから、手が出たから、ではなく、それをどう発するのかだと思う。だいいち、ほんとうに信頼して、愛情を持って発したのであれば、生徒が死ぬはずがない。
以下追記です…
どんなものであれ、体罰は許されないという意見をいただきました。なるほど、だいたい、『愛情のある体罰』なるものは存在するのか!? 想像できません。未だに体罰の現場を目撃することはありますが、『これならいいだろう』と思ったことがないですね。
ただ、体罰否定は裏を返せば『言葉だけだからいいだろう』になりかない…。言葉の指導でも、気をつけて発したいと思いました。
さらに追記…
体罰を黙認した者もいた、顧問の実績から言えなかったとの報道もあったけど、実績はこの際関係ないっしょ。実績でダメになっていくヤツもいるんだね。