2012/07/25(水) いちばん最初の課題曲マーチ(写真)
昭和15年の第1回全日本吹奏楽コンクール(集団音楽大競演会)課題曲、『行進曲「大日本」』を入手。作曲は記録では海軍軍楽隊となっているけれど、実際に作曲したのは斉藤丑松(さいとううしまつ)。海軍軍楽隊の作曲家、ホルン奏者。大正元年生まれ、平成6年逝去。
そのいちばん最初の『課題曲マーチ』は、トランペットとトロンボーンのファンファーレに始まる、5分半もある曲。今聴くと、ひとことで言うなら、無骨な、軍楽隊の行進曲。ハーモニー付けにもなんだか時代を感じる。でも、吹奏楽のルーツってこういうところなのだ。
斉藤丑松は、戦後は吹奏楽の表舞台に出てくることはなかったからあまり知られていない(ぼくも第1回コンクール課題曲を調べなかったら知ることはなかっただろう)けれども、たくさんの行進曲を書いた人。81歳で亡くなる年にもマーチを書いている。しかも、2曲分の未完のスケッチを残していたのだそうだ。その創作意欲はすごいよね。
ちなみに吹奏楽コンクールは第二次大戦の混乱で13年間の中断期間があるのだけれど、戦後初のコンクールは昭和31年の第4回。このときの課題曲も全曲マーチだが、邦人作品は1曲。須摩洋朔(すまようさく)の『行進曲「大空」』。この曲は現在、陸上自衛隊の公式行進曲だ。これはYouTubeで聴くことができる。
さて、昭和15年の第1回から今年の第60回まで、全日本吹奏楽コンクール課題曲で行進曲、マーチはどれくらいあるのだろう…。調べてみた。斉藤丑松の『行進曲「大日本」』から和田信さんの『行進曲「希望の空」』まで、邦人作品だけでも全部で86曲。初期の頃には多かったスーザなど欧米の作曲家のマーチも含めると、全部で103曲。
あぁ、課題曲マーチの歴史にいつか加わりたいなぁ…。朝日作曲賞には毎年200曲弱程度の出品があって、その2/3はマーチなのだそうです。狭き門(>_<)。でも『いつか』なんて言ってたらいつまでたっても実現しないから、『来年(再来年の課題曲)は』って言っておきます(^^;。