2011/09/01(木) 怖いもの
 用があって銀行に行ってきた。待っている間、待合に置いてある週刊朝日を読んでいだら、『放射能とわたし』というタイトルで、いろいろな著名人が原発事故、放射能について書いている特集があった。その中に芥川賞作家の朝吹真理子さんのものがあった。(以下『』内は引用)

 朝吹さん曰く、『怖いのは放射能じゃなくて人間』だと。そうだと思う。『危ないのに「危なくない」と言う人間も、「危ない」と思いすぎて攻撃的な防御力を発揮する人間も、どちらも怖い』と。たしかにあの事故以来、なんだか冷静さを欠いたような極端な人間がたくさん出てきたと思う。どちら側にも。そしてそういう人たちが、世の中の正しい判断を狂わせていることは事実だと思う。

 『実際の放射能とは別に、テレビやツイッターで流れる「放射能」は、まるで呪術のように人々の中に巣くっているような気がする。』と。まったくそう思う。その害の最たるものは、チェーンメールやネットでたくさん流れたデマや、間違った情報の数々。あのとき一体どれほどのデマが流れただろう…。ネット社会の負の部分が一気に出たと思う。それを発信した人たち、安易に信じて拡散させていった人たち…。いや、人間というよりも、それをさせてしまったもの。まさに呪術か…。

 冷静に分析して考えようとするのはぼくがAB型だからなのかもしれないけれど、このたびの震災で報道機関が発信する情報にしても、感情や人情に訴えかけるようなものも多く、はっきり言って違和感をおぼえた。「それ、ニュースじゃないだろうよ…」って。朝吹さんも、『小6の修学旅行で初めて広島の平和記念資料館を訪れた。クラスの女の子が「怖い」と泣いていたことに違和感を持った。感情に訴えかけることが平和教育として正しいのだろうか。軍国主義もエモーショナルに働きかけたのだから、その裏返しになってはいないか。そういう違和感。』と書いてみえるけれども、平和教育や放射能だけじゃない。そういうものに流されやすいのが、もしかしたらわれわれなのかもしれない。

 冷静に判断したり行動したりできるようになろう、と思う。