2011/05/03(火) 聴こえるということ
 なんだか前にもおんなじようなことを書いた気がするけれども…。バンド指導をしていると、いや、バンド指導だけじゃなくてレッスンをしていてもそうだけど、まず大事なことは、やっぱり聴こえるということだと思う。いや、指導だけではなくて音楽をするとき全般に言えること。聴いて判断、モニターできなければ、指導のしようもないし演奏のしようもない。

 ところが、この聴こえ方、なにが聴こえているのかっていうのは人によって違うんだってことが、ここ近年わかってきた。ぼくに聴こえていることが別の人に聴こえてないってこともあるかもしれないし、ある人には聴こえていることがぼくには聴こえてないってこともあるだろう。たとえばバンドを指導していて、ぼくはどうも中音域、内声の濁りってことにとても敏感なようだ。やっぱりトロンボーン吹きだからなのかなぁ…。逆に高音木管楽器の人などは、高音部のメロディなどのユニゾンのずれにはきびしかったりする。だからコンクールなどで審査員によってジャッジにずいぶん差があったりするのは、言ってみれば当然起こりうることだとも思う。

 聴こえるっていうのは、ただ耳に入るってことではなくて、耳からの情報にどれくらい脳が反応するのかってことだと思う。んで、ひとつの演奏の中にあるその『情報』っていうのは、ほんとうに多岐に渡るものだ。