2009/08/29(土) コンクール(追記)
 おとといの日記で、『音程、リズム、テンポ、バランス…』を、『合奏をただ整えるだけ』『それはやっぱり音楽とは言えない』などと書いたけれど、じつは、ほんとうは、そうではない。

 音が合うっていうのは、ただチューナーで測った音程、周波数が合うってことだけではないし、高さがいくら合っても合って聞こえない音というのもある。また、音が合えば数段鳴って聞こえるのも事実。

 指導した学校の演奏にテュッティのコラールがあって、練習では「もうちょっと鳴らないかなぁ…」と思っていた。しかし、本番、ホールで演奏されたそのコラールは神々しくさえあった。どうしてあんなにも鳴って聞こえるのか…、それは、合っているからだ。合うっていうのは、圧倒的なことなんです。

 テンポだって、指導のときによく言うんだけれども、メトロノームで練習するときは、メトロノームに音のタイミングを合わせるんじゃなくて、自分の中に流れているテンポがメトロノームと合うことが大切。自分の中に時計、タイムができる。

 テンポって、流れであり、呼吸、息づかいだと思う。以前いちどハンガリーのオケにエキストラで乗ったことがあるんだけれども、細部は色々あったけれど全体は滔々と流れて、まるで大河のような流れに身を任せているような安心感があった。それが、日本と欧州のいちばん違うところなのかもしれないと思う。

 音程が合う、テンポが合う、それが保てるっていうことは、ただ演奏を整えるだけなのではなくて、その向こう側に、じつは音楽の本質のいくつかがあったりするのだと思う。