2005/11/06(日) あるブログ
静岡の母親毒殺未遂事件の高校生のブログを読んだ。今はもうウェブ上からは削除されているので、そのコピーであったりキャッシュであったりするのだが…。
血の通わない、冷たい感じの日記。感情ってなんだろう…、というのが、読んだ感想。“憂鬱”“寂しい”“楽しかった”“おもしろい”… 感情は書かれているけれど、冷えきったものしか伝わらない。なにが彼女(ブログ上では“彼”)をこんなふうにしたのだろうか…
彼に声をかけたけれど、まるで“僕”は存在しないかのように、こっちを見てくれもしなかった…。中学校で“僕”のことをからかう子がいて、その行為は嫌だったけれど、『欠かさず“僕”の名を呼び続けてくれたのは彼ら』だった…。保育体験実習に行って、四歳児のことを『とても可愛い』という記述もある。彼らは『僕に存在価値を見出してくれる』と。
携帯、メール、ネット…、人とコミュニケーションする手段は格段に増えた現代だけど、にもかかわらず、もしかしたら、だからなおさら、現代人は、“人とかかわる”ということをしなくなっているのかもしれない。